第2話 異文化コミュニケーションはっじまーるよー

「うわっ髭もじゃ! てか、ここどこ!?」

 私は飛び起きた。目が覚めて最初に見たものが見慣れた天井ではなく、見知らぬ髭もじゃだったのだ。仕方あるまい。
 髭もじゃは少し後ずさって、首を傾げた。

「やごたっさふぬむを」
「なんて?」

 髭もじゃが何言っているのか、さっぱり分からない。無意識に形見のペンダントを握りしめる。

「こさぅすびりょえーほそきぷあ」

 髭もじゃは顎を掻きながら、ますます首を傾げる。
 お互いに硬直したまま見つめ合っていたが、やがて髭もじゃが動いた。何もないところを指さしている。

「え、何?」

 全く意味が分からなかったが、この答えに満足したように、髭もじゃは次に自分を指さした。

「え、髭?」

 今度は少し指す場所が変わる。

「鼻?」

 私が答えると、また指さす場所を変える。

「耳。眼鏡。目。眉。頭、いや違う、髪。私。私の髪。おじさん。ん? 貴方?」

 髭もじゃが指さすものはだんだんと幅を広げていった。

「……空。雲。鳥。山……」

 一通り満足したのか髭もじゃは指さすのをやめ、ポケットだかウエストポーチだかよく分からない腰の膨らみから、小さな何かを取り出した。それに何か細工を加えるような動きをして、急に私の耳に触った。

「きゃああ! 何するの!」

 髭もじゃが指さすものが何か間違えないようにするため、いつの間にか触られる距離まで近づいていたようだ。不覚……!

「急にごめんなさい。しかし、これでどうですか?」
「日本語しゃべれるなら最初からそうしなさいよー!!」

 吃驚した。さっきまで意味不明な動作を繰り返すだけだったのに、急に髭もじゃは流暢な日本語を話し始めた。それにしても、身なりの割には不自然に敬語だ。

「落ち着いてください、貴方には私の言葉が分かるようになったと思いますが、私にはまだ貴方の言葉は分かりません。貴方はこれも身につけてください」

 そう言って紐のようなものを差し出した。

「貴方の首に巻いてください」
「つまり、チョーカーみたいに?」
「ごめんなさい、分かりません」
「あっ、そうだったわね」

 恐る恐る受け取って、首に巻いてみる。

「絞めすぎないように、気をつけてください」
「そのくらいなら大丈夫よ」
「あ、貴方の言葉が分かるようになりました。それゆえ、会話ができるようになりました」
「なんか違和感ある日本語ね」
「では、翻訳がまだうまくできていないのでしょうか」
「翻訳?」
「はい、私は今までと同じように話しています。その耳飾りとチョーカーに翻訳の魔法をかけました。耳飾りは、貴方の耳に入る言葉を貴方に分かるように翻訳します。チョーカーは貴方が話す言葉を私達に分かるように翻訳します」
「ふーん、耳飾り」

 先ほどさわられた耳に触れれば、小さなイヤーカフスが付いていた。

「このカフスとチョーカーが、ね。ちょっと耳が痛いわ。首も絞まってはいないけど、すっごく違和感。ねえ、食べたら言葉が分かるようになるこんにゃくとかは無いの?」
「コンニャク? それは貴方の国の食べ物ですか。私は知りません。カフスとチョーカーで我慢してください」
「仕方ないわね……待って、これ髭もじゃが付ければ同じことじゃないの?」
「『髭もじゃ』とは私のことですか。遺憾の意を示します。ここでは貴方が余所者です。貴方の言葉を翻訳した方が便利です」
「分かったわよ、もう。せめてその不自然な敬語を何とかできないの」
「敬語。ああ、私達の言葉にも上品な言葉や下品な言葉があります。では、貴方の記憶から言葉のニュアンスを読み取って学習してもよいですか」
「痛い?」
「苦痛はありません」
「ならお願い」
「分かりました」

「これでどうだ」

 何も感じなかった。確かに空白の一瞬があったけど、頭の中を読まれたような感じはしなかった。それでも、その一言は不自然ではなかった。

「すごく髭もじゃっぽいわ! え、すごいわね。これ魔法?」
「そうだ。しかし、先程も言ったつもりだったが、通じなかったか。『髭もじゃ』は不愉快だ。別の呼び方にしろ」
「えー、じゃあ『おじさん』」
「おじっ……俺はまだ38だ。『おにいちゃん』にしろ」
「38? なら14才の娘がいたって何の不思議もない年齢ね。十分おじさんだわ」
「『おにいちゃん』」
「『おじさん』」
「『おにいさん』」
「『おっさん』」
「……『おじさん』で妥協しよう」

 妥協じゃなくて妥当でしょー。

「っと、髭の印象ですっかり吹き飛んでたけど、ここどこ? 私、自分のベッドで寝ていたはずなんだけど。あと、おじさんは結局誰?」
「こちらこそ聞きたいことだらけだ、娘。お前は誰で、なぜその召喚板を持っている。それは、俺が10年前に捨てたものだ。そして、絶対に見つかるはずの無いものだ」

 つまり、なんだかほのぼのしてしまったけれど、お互いに不審者のままである。

「子供からの質問に質問で返すなんて有り得なーい。でも、そうね。お互い、自己紹介から始めましょうか」