第10話 邪竜、ゲットだぜ(?)

 食堂の屋根を吹き飛ばした黒い竜は、確かにこちらを見ていた。
 アダムおじさんはパッと立ち上がり、手のひらを竜に向ける。

「アンは逃げろ!」

 おじさんの手から閃光が飛び出した。
 しかし、竜はそれをぱくんと食べてしまった。

「食われたか。くそっあの隊長の言った通りか」

 おじさんはすぐに次の呪文を唱え始めた。
 外が急に騒がしくなったと思うと、ルゼちゃんらしき声が遠くから聞こえてきた。

「街への被害をこれ以上出すな! 拘束術式、今度こそ成功させろ! ダメならわたしが出る! ライ、解放許可を申請しておけ!」

 軍の人達が竜を追って街に戻ってきたらしい。
 ズドンと音がして、竜の後頭部から煙が上がる。大砲だろうか。
 一瞬だけ竜の頭がぐらりと傾いで、竜はチラリと後ろに視線を向ける。しかし、竜の視線はすぐに戻された。
 こちらを見ている……?

「アン! 逃げろ!」

 おじさんが焦ったように声を荒げる。
 逃げる、どこへ? 足がもつれて立てない。どうやって立つんだっけ。
 おじさんの向こう側に魔法陣のようなものが展開された。それと同時におじさんはこちらを向いてしゃがんだ。

「防壁を張った。少しなら時間が稼げるだろう。アン、立てないのか?」

 おじさんが心配そうな顔をしている。
 その後ろで、竜が防壁に向かって突進してきた。

「きゃああ!」
「大丈夫だ、落ち着け。クソ、文句があるなら後にしてくれよ」

 言うが早いか、おじさんは私を抱きかかえ、竜とは逆方向へ走った。
 まだ損傷のない宿屋の部屋に向かえば、新たに屋根がメキメキと剥がされる。

「クソッ、追いかけて来やがる」

 おじさんは部屋に戻るのを諦め、外に出た。
 街は思ったよりも被害がなく、竜は私達の居た食堂を狙い撃ちしてきたようだ。

「森の方へ走るぞ」

 おじさんは私を抱えたまま走る。でも、いくらおじさんの足が長くても、空を飛ぶ竜には敵わない。
 追いつかれるかと思った時、再びズドンと音がして竜の羽の辺りから煙が上がり、竜は爪一本分私達に届かず墜落した。石畳が衝撃で跳ね上がる。
 しかしその石畳が再び地面に着く前に竜は立ち上がり、こちらに向かって足を踏み出す。

「二人とも! こちらだ!」

 声のする方を向けば、ルゼちゃんとライさんが部隊を背に立っていった。

「我らが必ず守る! こちらへ向かって走れ!」
「その言葉違えるなよ!」

 おじさんは私を抱え直すと、防壁を張りながらルゼちゃん達の方へ走り出した。

「撃ち方、撃て!」

 ルゼちゃんの後ろに控えていた軍の人達が一斉に鉄砲のようなものを構え、発砲した。ズドンと音を立てて、鉛玉ではないキラキラした何かが飛び出した。

「あれだけの魔砲を所有しているとは」

 おじさんが思わず、といったように呟いた。
 魔砲の一斉攻撃は全て竜の膝に命中し、竜は体のバランスを崩した。
 その援護のお陰で、私達は無事にルゼちゃん達に合流できた。

「無事だったか、それは何よりだ。もう大丈夫だぞ」

 ほっとしたように、ルゼちゃんが笑いかけてくる。私より年下に見えるのに、さすがは一部隊長。
 私もほっとしたのか、おじさんに地面に下ろしてもらったけど、腰が抜けるなんて無様を晒すことなく立つことができた。

「けれども、まだ油断はできませんよ。ほら、あの竜はまだこちらに向かってきます」

 ライさんが険しい顔で竜を睨む。
 おじさんは私がまた倒れると心配でもしているのか、後ろから私の両肩を支えてくれている。

「狙っているのは少女の方か、叔父の方か……二人に心当たりはあるか?」
「無いです……」

 ルゼちゃんに聞かれても、心当たりなんてない。なんせ私、この世界に来てまだ三日目なので。

「叔父上の方はどうだ」
「俺も、見知らぬ竜に狙われる覚えは無い。そもそもあの竜は何だ。あんなものお伽話ではないのか」
「あれは、生き物としての竜ではない。瘴気が竜の形を取っているにすぎないものだ」

 魔砲部隊の攻撃が止む。魔砲は玉の装填が必要な代物らしい。充填している隙に竜はこちらに向かって突進してくる。

「呑気に話をしている場合では無いな。やはりわたしが出よう。民間人を保護している以上時間はかけられまい。ライ、解放許可は通ったか?」
「通りました」
「では行くぞ!」

 ルゼちゃんは掛け声と当時に飛び出した。まるでルゼちゃん自身が鉄砲玉のよう。

「『我が王よ、その力をここに顕したまえ』」

 駆けるルゼちゃんの体から黄色い光が湧き出し、やがてルゼちゃんに伴走する大きな光の塊となった。
 ルゼちゃんはそのまま竜の足元に飛び込むと、それ以上先には進めないように竜の足を捕らえて踏ん張る。
 黄色い光の方は、スライムが大きな物を飲み込むように大きく広がったと思うと、竜をすっぽり包んでしまった。少しの時間をかけてだんだん小さくなると、最後にぷっと黒い小さな物を吐き出した。

「ほえ……すごい……最初からあれやれば良かったんじゃん」

 あっという間に片が付いて、私達は黄色い光を回収しているルゼちゃんの所へ近寄っていった。

「まあ、この力を使えばたいていの事件は秒殺なんだけどねー」

 口調が隊長モードから、食堂で初めて会った時に戻ってる。集めていた最後の光のかけらが、ルゼちゃんの胸元で消えた。

「乱用できるものではないのです。まあ、回数制限があるということですね」

 ライさんもやってきた。

「隊長、お疲れさまでした。では、今から楽しい報告書タイムですね」
「待ってー、今日くらいは休みにしてほしーなー。明日から頑張るからー」
「とっとと済ませてしまった方が、心置きなく休めると思いますよ?」
「うーわー、ライの鬼ー」

 軍隊に所属しているって事は、そういう面倒くさいやりとりがあるんだね。しかもルゼちゃんは隊長さんだから、なおのことちゃんとやらないとね。合掌。
 そういえば、合掌文化ってこの世界にもあるのかな。
 おじさんに聞いてみようと思って辺りを見回すと、おじさんはさっき吐き出されていた黒い何かを見ていた。

「おじさん、それ気になるの?」
「ああ。軍の者達はこれを瘴気と呼んでいたが、『気』という割には実体がある」
「確かに」

 とてとてとおじさんに近づく。
 あんなに大きかった邪龍は、今や親指と人差し指でつまみ上げられるサイズになっていた。プラスチックみたいな艶がある。
 私達の会話が耳に入ったのか、ルゼちゃんも「報告書よりあれの処分が先だな」とキリッとした。たぶん報告書から逃げたい気持ちの方が大きい気がする。

「馬鹿、触るんじゃない」

 拾ってみようとしたのがおじさんにバレた。てへっとごまかし笑いをして手を引っ込める。

「待て……アン、それから離れろ」
「え?」

 もう触ろうともしていなかったのに、どういう事?と元邪龍なプラスチックを見れば、何やらプルプル震えながら黒い靄を発生させていた。

「うわやばっ」

 慌てて距離を取ろうとしたけれど、時すでに遅し。
 プラスチックはビョンッと飛び跳ねると、私の胸元へ飛び込んできた。誰よりもプラスチックに近づいていたため、おじさんもルゼちゃんも私を守れない距離にいる。詰んだ。

「きゃあ!」

 腕でガードしてみるけど、そんなのも焼け石に水。プラスチックはトプンと私の中に入ってしまった。
 その割には体に変化は感じられない。

「……?」
「アン、大丈夫か? 体に変化は? 俺が分かるか?」

 髭がもじゃもじゃしていても分かるくらい、おじさんは顔を青ざめさせていた。

「大丈夫そう、特に何も感じないよ、おじさん」
「ああ、良かった。しかし、何が起きたかアンは分かるか?」
「分かんない……」

 その時、胸元でほのかに熱を感じた。胸元にあるものと言えば、形見のペンダントだ。
 私はそれを取り出してみた。

 ペンダントヘッドの円盤に刻まれた文字の一つが黒く変色していた。